片桐塾生の声part5(No.278〜 )
ここには、片桐社会学塾の塾生から寄せられた意見を掲載します。プライバシーの問題もありますので、メールで送ってくれたものを、チェックして、名前をイニシャルに変えて、掲載したいと思います。どしどしご意見をお寄せ下さい。
291.(タイトル) これからのライフスタイルを考えていくきっかけになった第17回 By No.7 MS君 (2025.3.28)
「第17回片桐“社会学”塾」では、先生をはじめ問題提起及び基調報告そして参加した塾生の皆様お疲れ様でした。
先ず、1講目の「昭和と令和、どっちが生きやすい?〜『昭和・平成・令和の大学生』を素材に議論する〜」についてです。この先生の著書はすでに読了したのですが、講義の理解度をより深めるために、再度読み直して講義に臨みました。問題提起を担当したお二方も先生の著書を熟読したうえで、的確にコメントを述べていると思いました。一方で、Kさんのコメントで疑問符が付く略語が幾つかあり、そのうち「ガクチカ」と「よっ友」については講義中に解説がありましたが、「陰キャ」については講義終了後直接Kさんに質問して、ようやく疑問が解けました。改めて世代間のギャップを感じたと共に、現役の大学生が使用している言葉だけでなく考え方を知るよい機会となりました。
次に、2講目の「シゴト、テンショク、時代の流れ」についてです。講義のポイントとして、『「会社」を選択していた大学卒業時、「職業」を選択した30代〜40代半ば、「生き方」を選択した40代半ば〜』とありましたが、これまでの私の仕事に関する意向と当てはまっているようでした。大学卒業までは安定志向や終身雇用を重視し、地元の市役所に就職しました。また、30代後半から40代前半までには、かつての担当業務の実績を踏まえて自らのキャリアアップについて考慮するようになり、市役所内での異動を複数回希望したり専門職の資格取得を検討することもありました。更に40代後半には、自らの定年前後や老後の状況、そして今後の親の状況について考慮するようになり、結果として早期退職の募集に手を挙げ、親の営む家業を継いで転職しました。従って、講義のまとめで触れていた「仕事」⇒「志事」そして「転職」⇒「天職」の意義が理解できたと思います。
今回の問題提起及び基調報告を受講して、自らの大学生時代から現在までを振り返り、これからのライフスタイルを考えていくきっかけになった塾となりました。
290.(タイトル) Re: 第17回片桐塾開催報告というか私的意見
By No.33 KHさん
(2025.3.24)
先生、おはようございます。
先週は片桐塾、ありがとうございました。
たくさんの参加者の方と、初めて二次会にも参加させていただき、とても刺激的な一日でした。
年代の話や仕事へ求めるもの、その意味、家庭とのバランス、年代や男女の仕事への姿勢など、もっとゆっくり飲んでおしゃべりしたかったのですが、急遽SOSが入ってしまい、途中で失礼してしまいました、すみません。
塾の中で頭を耕したせいか、この人にはこれを聞きたい、話したい、がまだまだありました。
私にとっては、職場でも家でも各年代との付き合い方が日々の課題ですが、ああして改めて変遷を見てみると、先生の本を拝読した時も思ったことですが、いっしょくたに見ていたそれぞれのことが背景を持ち始め、いい意味で対応の仕方を顧みることができました。
管理職になって10年、それなりの数の部下を持ちましたが、良くも悪くもまだ保守的な、ワーカーホリックが出世していく職場なので、部下たちには、ほどほどの仕事で程よくやっていきたいか、キャリアアップを考えて働きたいかを毎年聞いてきました。それがないと、指導の仕方に違いが出るからです。でも最近の子は、ちゃんと仕事をやりたい、部下も持ちキャリアアップたいと話していても、いざ指導したり間違いを指摘すると怒ったり、つぶれたりしてしまうことが続き、迷いが生じています。
よく観察しながら話すのですが、最近はあまりプライベートな話を好まない子が増えてきたなと思います。家の様子がわかる方がフォローもしやすいのですが、そんなんいらんのかな…でも構ってもらったり気にしてもらうのはやっぱり嬉しそうだし、やる気につながってるし、と試行錯誤です。
一番身近な若者が子どもたちになってきたので、そのあたり相談したりするのですが、人の区分けがすごいんですね。
息子と言えば大学準備の連絡も全てネット経由だし、入学前にiPad買えと言われるし、何かほんとお金もかかるし紙を使わないのに情報量がすごい…あまりに自分たちの時と違うのでびっくりしています。こういうところから始まる人間関係ってどんなものになるんだろう?息子を通じてまた観察できたらと思います。
さて、片桐塾の夜から子どもが順番に胃腸炎になり、看病でへとへとな一週間でしたが、ふらふらしながら迎えた21日の内示で、最強のパワハラ上司が異動することとなり、一気に心が軽くなりました。
怒涛の年度末スケジュールですし、木曜日には部下の内示が出るのでこれまた冷や冷やですが、もう負けません。明日は万博会場の下見です。
来年度も引き続き、元気をいただきに参りますので、どうぞよろしくお願いいたします。
先生も健康に気をつけてお過ごしくださいね。
289.(タイトル) 第17回片桐塾に参加して By No.10 MM君 (2025.3.23)
こんにちは。
15日の塾後、母や仕事関連のことに追われ、文を書く気力を失っていました。
結果、メールをお送りするのがこのようなタイミングになってしまいました。
申し訳ありません。
まずは塾のことから。
今回も様々な考えや思いに触れ、大変充実した時間を過ごすことができました。
先生、そして塾生の皆さま、ありがとうございます。
塾生の皆さんが多様な背景をお持ちで、それがいい形で相互作用していることがこの塾の魅力だと改めて感じました。
また、単なる「お話の場」ではなく、「学びの場」になっていることも重要です。
さて、開催報告として先生が送られたメールについてひとこと私見を述べ、塾開催、および参加のお礼とさせていただきます。
>年配者の価値観や発言を「今の時代ではアウト」と否定しすぎていないかなと疑問に思うことも多々あります。
>今の時代の価値観の方が社会にとってまずいのではないかと思うことも少なくないです。
この点は、私も気になっています。
個人的には、いわゆる「○○ハラ」ということばがそれを生み出している一つの原因だと考えています。
特に、「それは○○ハラだ」と安易に言う(あるいはそれが良しとされつつある)ため、気軽にことばを発しにくくなっています。。
そうすればおのずと「人間関係の作り方」は、困難なものとなります。
「よりよい関係づくりのために」「コミュニケーションを重視した取り組みを」などということをよく耳にしますが、土台無理な話だと言わざるをえません。
>人間関係をきちんと構築する上では、一人一人の個性をどれだけきちんと把握できるかが大切なのだと思います。
是か非かといった二項対立だけで物を捉えるのではなく、それこそ「多様な」ものの見方を身につけ、人やものと向き合い、見極めていく必要があると思います。
ところが、外枠(先生が言うところの「カテゴリー」)にばかり注目が集まり、中身に目を向けないまま議論が進んでしまっていることが多いように思われます。
開催報告の冒頭で、関西大学の「大学要覧」が紙媒体で配布されなくなるということについて紹介されていました。
今、教科書のデジタル化が進められていると聞きました。
確かに世の流れはデジタル化だと思いますが、すべてそれが「是」と捉えられていることに不安を覚えます。
そのうち、「中庸」ということばは世の中から消えてなくなるかもしれませんね。
なんだかとりとめのない話になってしまいました。
申し訳ありません。
次回の塾も楽しみにしております。
288.(タイトル) [片桐塾参加感想]
By No.87 YT君
(2025.3.17)
片桐塾、参加させていただきまして、ありがとうございました。
第1部が始まると緊張しましたが、結果、楽しむことができました。
みなさん賢い方ばかりで、最初はついていけるか心配でしたが、問題提起をされたKさんの考え方や分析がしっかりしていることに感嘆しながら、先輩方の学生時代や、就職活動の実態を興味深く聞かせていただきました。
次回はもっと発言できるように頑張っていきたいと思います。
このメールを書く前に、アップロードされた塾生の方の知識や経験に裏打ちされた感想も拝見して、すごくなるほどと発見がありました。
第2部では、当然、第1部にはない雰囲気のなかで、塾生のみなさまから、様々なお話しを聞くことができて、こちらも大変面白かったというか、むしろこちらが自分としては得意だなと思ってしまいましたが、そのなかで先生のお話をじっくり聞くことができ、集いのときの懇親会とは違う、片桐塾ならではの第2部の醍醐味だなと感じ、ついつい終電を逃して、始発で戻るという無茶な結果につながってしまいましたが、大変満足いたしました。
第1部、第2部を通して、先生からも塾生からも意見の出た、多様性や、コミュケーションの議論は、なるほどそのとおりだと思います。
現在は、IT、SNSの発展が大きく影響しながら、社会や価値観が変化していますが、分断がすすみ、相互理解やおおらかさがなくなってしまった社会はとても寂しく不幸なことだと感じます。
価値観の違いから、世代間や、同じ世代でも共通項さえ失いつつある現在のようですが、価値観の違いを乗り越えて、世代や立場を超えた相互理解を少しでも、実現していかないと、日本人の幸福度は下がっていく一方ではないかと思います。
違いを認め合った上で、相互理解を進めないと、おなじ人間としての共感は生み出せないのかなと思います。根底は同じ人間のはずで、それはともすれば面倒な行動なのですが…
自分としても、今の仕事のなかで、関わってくれる従業員の若者たちが(若者だけではないですが)少しでも社会のなかで、日々生活する上で、楽しく前向きに生き抜けるように、できることは声をかけ、手助けしていきたいとはいつも思ってきましたが、これからも続けていきたいと改めて思いました。
片桐塾に参加できて、大変、刺激と学びを得ることができました。楽しく幸せなひとときでした。
ありがとうございました。
また、都合がつけば、現地参加したいです。
追伸:さて、2部において、お酒の入った勢いで、Kさんや先生から、自分の関わるコンビニ経営をとりまく現実から見えてくる問題提起役になってはどうかと提案をいただき、話を振っていただける嬉しさのあまり、調子に乗って、やります!みたいなことを言ってしまった記憶がありますが、いま、冷静に考えてみますと、コンビニの稼ぎ時、7、8、9月はとても忙しい時期で、昨今の人手不足も影響し、ちょっと次回は難しいかなと思います…。
参加自体が危ぶまれる9月で、苦手なレジュメ作りや、データ集めも少しは頑張らないといけないでしょうし、なかなか忙しい日々のなか、現状、時間がとれる自信がないです。申し訳ないです。
ただ、いつかは、ご迷惑をおかけしつつも、一度、お話しや問題提起をさせていただき、みなさんの意見を伺ってみる機会もいただければ面白いとも思います。よろしくお願いします。
287.(タイトル) 第17回片桐塾開催報告というか私的意見 By No.1 KS氏 (2025.3.17)
一昨日の片桐塾、お疲れ様でした。1講目はいつも以上に議論が盛り上がりましたね。最年少と最年長の塾生による問題提起だったため、自ずとみなさん、「自分の時代はこうだった」と語りたくなったのでしょう。
「ガクチカ」といった新しい学生用語は、ある年齢以上の社会人だと知らないんだという事実を知り、私も来年4月以降大学を離れたら、そういう言葉が耳に入ってこなくなり、時代についていくのが難しくなるんだろうなと思いました。大学生調査はまだ続けられるのではといろいろな人から言われましたが、やはり大学生と直接接触をしなくなってしまうと大学生の的確な分析は難しいだろうから、今回の書籍で最後にすると判断したのはやはり間違ってなかったなと思ったりしていました。
議論の途中で、いろいろエピソードが語られていましたが、やはり35年――私が大学教師になってからだと42年――間の大学生とそれを取り巻く社会の変化は大きいものがあります。就職活動の時期も、その時々の就職状況やアクセス方法も全然違います。授業のやり方も、出席の仕方も、昭和、平成、令和でまったく変わりました。関西大学の新入生にこれまで必ず配布されていた、もっとも重要な冊子『大学要覧』が今年の4月から廃止になるそうです。全部インターネット上で見てくださいということらしいです。紙ベースのものをこんなに軽視してしまっていいのかなと思いますが、あと1年で辞める人間はもうそこに口を出すことはしません。そういう時代だと受け止めないといけないのでしょうね。そう言えば、先日新聞社も販売部数が落ち経営が危なくなってきているので、記者がしっかり取材をしてニュースが提供されるということがそう遠くないうちにできなくなってしまうだろうという記事が新聞に載っていました。丁寧な取材のないネットニュースだけしかなくなる時代がすぐにやってきそうです。
多くの日本人は、経済はともかく、なんとなく社会はより便利でよい社会になっていくと思っている気がしますが、本当にそうなのでしょうか。確かに、よくなったことはたくさんあります。例えば、女性が結婚したから出産したから仕事を辞めざるをえないという空気はほぼなくなったこと。それを可能にするために、育児休暇制度が保育サービスが拡大してきたこと。男性たちも育児に関わるのが普通になったことなどは、おおいに好ましい変化です。
しかし他方で、年配者の価値観や発言を「今の時代ではアウト」と否定しすぎていないかなと疑問に思うことも多々あります。今の時代の価値観の方が社会にとってまずいのではないかと思うことも少なくないです。これもたくさんありますが、人間関係の作り方などは疑問に思うところが多いです。様々な異なる価値観を持った人と対面でそれなりに付き合えることができないと、みんな若いうちから孤独な人間になってしまわないでしょうか。私は、ここの塾生たちのように対面関係を楽しめる人たちとの関係をたくさん持っているので幸せなんだと思っています。
この人間関係の作り方に関する変化がよく表れているのが、私の大学生調査の「好む上司のタイプ」です。1987年第1回調査からから2012年の第6回調査まで3割に届かなかった「ビジネスライクな上司」(規則をまげてまで、無理な仕事をさせることはありませんが、仕事以外のことでは人のめんどうを見ません)を好む人が、2017年に4割を超え、今回の2022年調査で5割を超えたことです。ずいぶん以前から「最近の若者は付き合いが悪い」とか言われながらも、実は10年ちょっと前までは、大学生たちは7割以上が「親分肌の上司」(時には規則をまげて、無理な仕事をさせることもありますが、仕事のこと以外でも人のめんどうをよく見ます)を好んでいたのです。この10年で大きく変わりました。これはまさにスマホ、SNSの影響です。
ただし、もうひとつ強調しておきたいのは、それでもまだ半分近くは「親分肌の上司」がいいと思っている若い人たち――たぶん価値観の異なる人との対面関係も楽しめる人たち――もいることは忘れてはならないと思っています。「最近の若者は・・・」も「おじさんは・・・」もみんな安易にカテゴリーでまとめ決めつけすぎになっていることには注意しないといけないと思います。「多様性」を語るなら、カテゴリー別だけではなく、同じカテゴリーに属する人にも多様性があることをきちんと認識すべきです。生物学的性差のカテゴリーだけ、カテゴリーに収まらない人たちがいることを認めましょうと、耳にタコができるほど聞かされていますが、年代別カテゴリーに関しては、意外にカテゴリー内偏差がきちんと語られることは少ないと思います。
社会学はカテゴリーで分析する学問ですが、現実に人間関係を構築する上では、一人一人個性がある存在なんだということをきちんと把握していく必要があります。生きてきた時代の違い、生物学的性差の違い等で、カテゴリー別に多めに見える特徴は間違いなくある――それに基づいた「普通=標準的生き方」があってもいい、というかあった方がいい――とは思いますが、人間関係をきちんと構築する上では、一人一人の個性をどれだけきちんと把握できるかが大切なのだと思います。
他にもいろいろ語りたいことはありますが、長くなりましたので、今回はここまでにしておきます。
2講目のKちゃんの「シゴト、テンショク、時代の流れ」は、聞かせる力のある報告でした。仕事にマイナスイメージばかり持っている大学生たちに聞かせたい報告でした。私は何のかんの言って、仕事は自らのアイデンティティを形成する上で重要な役割を持っていると思っているので、ただ単に生活するためにいやいや働いていますなんて思っている人に、こういう風に考えながら転職し、どの仕事も楽しんできた人の話を聞かせたかったです。ちなみに、私は子育ても大事な仕事だと思っているので、ただ家庭外で働くだけをもって仕事と思っているわけではありません。自らがやりがいを持って関われることを見つけてほしいものだと思います。まあ、最後に挙手してもらったように、この塾に参加している方の大部分は自分の「仕事」にある程度満足しているようで、やっぱりなと嬉しく思いました。
なお、次回の片桐塾は、9月13日(土)を予定しています。それではまた次回に。
286.(タイトル) ありがとうございました
By No.29 UT君
(2025.3.16)
こんばんは。昨日はありがとうございました。
今回もとても充実した時間を過ごせました。
1講目は時間が足りないくらい活発な議論でしたね。
Kさんは学生の方とは思えない堂々としたもので感心しました。
内容についてですが、今の若い人は交友関係をある程度選べてしまえる良さがある一方で、いざ社会人になったらそれこそいろんな考えやものの見方をする人がいる、
「ごちゃまぜ」な中に放り込まれて?飛び込んで?いかなければならない。さらにはそういった自分とは違う人とも(理不尽さも含めて)ある程度、臨機応変に柔軟に対応していく必要があるので、自由に選べることもいいことばかりではないのかもしれないなと思いました。
「ナチュラルなセクハラ」…昨日の報告での事例は完全にアウトですが、会話レベルで「髪、切りはったんですね。」くらいは言えたらいいなぁと思いました。
「多様性」も少し出てきていました。何年も前に、お寺を通りがかった際に、掲示板に「ばらばらでいっしょ」という言葉がありました。矛盾をはらんだその言葉が心に留まっているのですが、「多様性」ってこういうことなんじゃないのかなと思いました。あなたはあなた。私と違うから関係ありません。じゃなくて、違いを認め合う中で、でも一緒にという。何とも感情ベースで抽象的ですが。
バブル真っ只中を過ごされたUさんと、平成2桁の時代に生まれたKさんの発表はとても面白かったです。
講目のNさんの報告は、ご自身のキャリアを通して、大切にされてきたことが垣間見れて、学びになりました。
同業他社ではなく、全く異業種への転職を決断されたのが本当にすごいなと思いました。
自分は、日々の業務をこなすことに精一杯で、そこに生きがいとかやりがいというものをまだ見つけ切れていないなと思います。
でも仕事だから仕事をするというスタンスでいることもまんざら悪くもないんじゃないかなとも思っています。
(もちろんやりがいも感じていますが)生きがい、やりがいに比重を置きすぎると、「何でこんなことをしているのだ」と負のスパイラルに入ってしまいそうになることがわかるくらいたくさんのことがあるので、そこは「仕事仕事っ」と思ってやっている方がメンタル的に安定する気がします。
塾は年齢も仕事も違う方たちが集まって議論し、色んな立場からの考え方、見方を知ることができる場です。
今回もご準備等、本当にありがとうございました。
次回も楽しみにしています。
285.(タイトル) ありがとうございました
By No.2 KK君 (2025.3.16)
どうもありがとうございました。
第一講目。世代感の違いを感じさせてくれる内容で興味深かったです。
懇親会でも、第一講目の話の延長線の深い話ができて、よかったです。Kさん&Uさんのお話はそれそれ魅力的なお話でした。
第二講目。Nさんワールドのお話も魅力的でした。経験が物語ることには、深みのあるお話でした。
片桐ゼミ以外の方も多々入り、いろんな血が混ざった(多様性?)形になって良いかと思いました。
今回も企画・運営ありがとうございました。
またよろしくお願いします。
284.(タイトル) 片桐塾お疲れ様でした By No.39 AY君 (2025.3.16)
こんにちは、20期のAです。
片桐塾は2年半ぶり?の現地参加でしょうか。やはりそのほうが議論の内容も頭にスッと入ってくるので良かったです。子供もベビーカーではぐずっていましたが、概ねお利口さんにしてくれたので助かりました。
1講目のKさんの書籍の感想・コメントはしっかりしているなと感じました。ムラ社会から世界単位に広がってしまい、当事者意識が薄れてしまうことについても納得しました。私たちの世代が「ゆとり世代」だとか「〇〇離れ」と言われていて、自然と自分たちに非があるという考え方が植え付けられていたなと感じました。そのなかで自身が熱中できるものを見つけて存在意義を見出すというのはやむを得ないですね。
セクハラ発言については、相手は挨拶代わりとしか思っていないんですよね。「昔の彼女に似ている」という発言の先にナンパしたいとか、それ以上の意図はないのも分かります。ただ、生活範囲が広がって、近所の人ではなく全く知らない人に同じように接してしまうことが相手のプライバシーを侵すようなセンシティブな発言となってしまうんですね。
私もセクハラではありませんが、仕事で高齢の一人暮らしの顧客宅に行くと、普段話し相手がいないからか、過去の楽しかった話などを赤裸々に長時間話されることが何度もありました。生活範囲の広がり、地域関係の希薄化に取り残された方々が何とか馴染もうとするけどもベターな方法ではないことに気づけていないサインだなと感じました。
2講目の仕事・転職について。私は当初教員を目指していましたが、就職活動を教員一本に絞るのは勿体ないと感じつつも一般企業の就職活動と教員採用試験の両立は不可能と悟りました。結局、金融機関に就職し今も続けていますが、転職する勇気がなかったというネガティブなイメージでいます。(仕事の大変さと同時に充実感も徐々に見出せるようになってきたことの裏返しでもありますが。)
議論の中であったジョブローテーションがあったことが、私が今の会社で働き続けることができた要因だと感じています。しんどかった2年目の終わりに店舗異動があり、さらに内勤から営業へ。同じ店舗で6年勤務しマンネリ感が出てきた中で本部内勤へ異動。そして、1年半で再び営業へという流れです。金融機関に異動はつきものですが、営業から内勤に戻る人が少ないなかで私は内勤も経験したことが大きいと感じます。当時は多くの戸惑いもあり苦労しましたが、振り返れば大きく成長できた機会でもあります。
人間関係やブラックなところに疲弊した方もいらっしゃいましたが、そういう点では上司などの人間関係は比較的恵まれていたのだなと実感しました。年末年始に育休を取得できたのも、育休を経験していない管理職の方々の配慮のおかげだと思っています。
金融系は転職が多いとグラフにも表れていましたがまさにその通りです。同期はもう3分の1しかいませんし、私が業績表彰され、ホームページに載った時には保険会社からもスカウトの電話が来ました(転職サイトに登録もしていないのに!)。
性別役割分業の解消、男性の育児休業、ワークライフバランスなど、いまの管理職の方々はこれらを犠牲にして仕事に尽くしてきた方も多数いらっしゃるので、これらが急に浸透するのはもちろん難しく、誰かが割を食わないといけません。夫婦共働きが当たり前、子育てするにも両親も共働きというのが多数派を占める現在では仕事一本など、よほどの年収がない限り選べない選択肢になっていくでしょう。年収1,000万あっても老後が不安なのに、その半分程度の年収で長時間労働(特に管理職)をしている人を見て、「こんな上司になりたい」とはもはや思えません。家事育児も重要な「スケジュール」になっていて、時間があるときにするのではなく、時間を作ってしなければならない所まできています。私は最近残業が多く子供の世話がEにかなり偏っていたので、今回はあえて下の子を連れてきて、Eが下の子と関わらなくてもいい時間を作りたかったという気持ちがありました。
今回私はまだ少数派の育児休業を取得させてもらえたので、いつか管理職になったときはこの流れを引き継いでいくつもりです。晩婚化で管理職も育児休業で不在ということも当たり前になってくるでしょうし、有給やノー残業デー、業務のシステム化で、人力でしなくてもよいことが増えてくるはずです。その時は「自分の時は大変だった」、「今の若手は」と誰もが一度は思うでしょう。ですが、それはいつの時代にもあることであり、その気持ちが産まれるということは企業が発展していることの裏返しだとも言えます。先日には帝国データバンクの調査で、人手不足での倒産が過去最多となったというニュースがあったばかりです。従業員が程よく割を食いつつ、バランスを取りながら離職者を出さない企業がこれからは生き残り、そのような企業が「天職」と思ってもらえる従業員を増やすことができると思います。
283.(タイトル) 御礼
By No.11 MSさん
(2025.3.16)
昨日は片桐塾に参加させていただき、ありがとうございました。
前回参加から1年以上空いての参加でしたが、教室に入ると自然に片桐ゼミ・片桐塾スイッチが入り、考え・表現することの楽しさや充実感あふれるひとときとなりました。
発表者の方々のたくさんの考察や議論のきっかけになる投げかけがあり、片桐先生の補足があり、どんどん議論が進んでいくことがとても楽しかったです。
様々な世代や職種、背景をもつ方々との議論は、まさに生きた社会学の現場そのものという実感があります。
昨日も揃って第2部まで楽しんだMちゃんを家まで連れて帰るミッションがありましたが、昨日は奇跡のような穏やかでとても楽しい帰路になりました(笑)
というのも、昨日片桐先生がMちゃんに譲ってくださった蔵書がMちゃんにとってあまりにも素晴らしく嬉しいものだったそうで、その素晴らしさとそう考える理由について熱心に語ってくれていたためです。
私も小説をたくさん譲っていただきました。
大切な蔵書を譲っていただき、本当にありがとうございます。
M家の家宝として、大切にさせていただきます。
282.(タイトル) 御礼
By No.83 HS君
(2025.3.16)
昨日の塾では大変お世話になりました。
先生がゼミ生の方をニックネームで呼んでおられること。
何年前のゼミ生であろうと分け隔てなく接しておられること。
50代40代のゼミ生の方が、まるで最近のことのように、学生時代の思い出話で盛り上がっておられること。
とても素敵だと思います。
また半年後よろしくお願いいたします。
281.(タイトル) 第17回片桐塾 参加の御礼 By No.83 KK君 (2025.3.16)
昨日は1年ぶりに参加させていただきありがとうございました。
関大前駅を降り、関大前商店街。昨年3月とはいくらか店が変わったのかなと何となく感じながらも第3学舎へ。でも、やはり私にとっては、1993年から1997年の街並みこそが関西大学です。
「日本社会について考える」と「シゴト、テンショク、時代の流れ」、それぞれの報告を拝聴しました。教職に身を置いて、28年。教職以外の業種・業界の考えや価値観を吸収することがやはり限られています。そのため、聴く話しの一つ一つがとても新鮮でした。
「日本社会について考える」について。
Kさんのレジュメに「古い考え方の人はナチュラルにセクハラ発言をしてくることも多く」とありました。私の周りを見渡していると、オフィシャルな場で若い女性に「今だったらセクハラになるけど」と前置きしたうえで「昔は……と私は言うてた、言うてた人がおった」と発言をしばしばする、実は自己をすっきりさせる=間接的なハラスメントをしている年輩の男性がいますね。年輩の男性が持つべき資質として「若い女性に対する眼差しは、暴力になり得る」という自覚が必要だと思っています。
「シゴト、テンショク、時代の流れ」について。
討論の中で私のアタマの中でループしていたり、懇親会でも先生が話されていた「多様性」についても気になりました。伊藤亜紗さんの著書『手の倫理』では、「多様性を象徴する言葉としてよく引き合いに出される『みんなちがって、みんないい』という金子みすゞの詩は、一歩間違えば、『みんなやり方が違うのだから、それぞれの領分を守って、お互い干渉しないようにしよう』というメッセージになりかねません」、「多様性は不干渉と表裏一体になっており、そこから分断まではほんの一歩なのです。『多様性』という言葉に寄りかかりすぎると、それは単に人々がバラバラである現状を肯定するための免罪符のようなものになってしまいます。」と述べており、安易な多様性の礼賛に警鐘を鳴らしています。「正しさは人それぞれ」という相対主義は本当に多様性を尊重するのでしょうか。むしろ、世の中を、職場内を分断していると私は思っています。そこで留まるのではなく、一歩先に進んでいくためにも、人間の生物学的特性を前提としながら、他者との対話を続けること、場合によっては、今の自分の考えを否定して、新たな自己を獲得していく姿勢が求められているように思っています。
2度目の参加ではありましたが、塾生の皆さんは本当に素敵な方ばかりで、私に対しても温かく、私も片桐塾での居場所を前回よりも広げることができたように思います。次回の9月を楽しみにしています。
先生は、大学での教員生活が残り1年となられたのですね。これからの1年は、何をするにしても「最後の…」という言葉が付けられていくのでしょうが、片桐塾は今後もずっと続いていくものです。くれぐれもご自愛ください。またメールさせてください。
280.(タイトル) 【御礼】第17回片桐塾 By No.15 YMさん (2025.3.16)
おはようございます。昨日はありがとうございました!
『昭和、平成、令和の大学生』を素材にした議論、面白かっです。
ナチュラルにセクハラ…の話は、なるほどな、と思うことも多く、お客様でもご年配の男性でややそういう発言をした時に私たち世代は笑ってやり過ごすことができても、若手の女性行員だと、信じられない、セクハラ、カスハラだ、となるのは、ジェンダー観の変化の中で当然のことなのだなと納得しました。
生まれ変わりたい時期については、いつの時代も「昔は良かった」と言いながらも、より良くしようと多くの人が思いながら生きていると思うので、期待をこめて「令和」と回答しました。
2講目のシゴトの話にも関わりますが、昔は自分の仕事の目標に重きがあったのが、段々とメンバーのためにどうしたら良いか、になってきて、更に、会社の為というよりは社会の為になっているかどうか、を考えながら働くようになってきたのかな、、と。
社会の一員として少しでも役に立ちたいなと思います。
が、真面目なことを考えつつも、目の前の仕事に追われ、明日の夕飯なににしよう、学校の持ち物忘れてないかな、とか、バタバタしているうちに1日が、1週間が過ぎていっています。
飲み会は久しぶりに二次会まで参加させて頂き、非常に楽しかったです!
次は5月にお会いできますね!
楽しみにしております!!
279.(タイトル) 片桐塾ありがとうございました By No.40 TFさん (2025.3.15)
片桐塾、お疲れさまでした。ありがとうございました。
珍しく酔いがそうでもないので帰りながら感想を綴れます笑
まず、Kさんの発表、現役大学生でここまで臆さずしっかりとできるのか、と感嘆いたしました。さすが私の憧れ平成二桁生まれ、といったところでしょうか。
ナチュラルなセクハラ発言では会場のおじさん達相手にザクザクと切り込みとても面白かったです。きっと昭和の価値観では異性から性的なことを含めて魅力的だと表されることには一定の価値があったのだと思いますが、ジェンダー的な価値観を否定されて育ってきた世代では性的な匂いに結びつく評価を異性からされる、ということはNGなんでしょうね。多様性の時代だからこそ他者のモノサシで自分を評価されたくない、他者を自分のモノサシで評価してはいけない、といった感じでしょうか。フジテレビの問題もそうですが、私自身も「若い女の子が部長にお酌を」「お茶だしはかわいくて若い子が」と一般的な若さや性を評価、搾取されてモヤッとした経験はあるので、理解はできるな、と思います。
ただ一方で、ではおじさんはどうやって話せば良いのか、よっ友はどう距離を縮めればいいんだ!といった意見から感じられる若者からの歩み寄りがない点を嘆く感覚もその通りだとも思います。
Uさんの資料にあった「コミュニケーションは同じ意見の人との意思疎通ではなく、意見の合わない人との調整」という言葉、まさにこの感覚が現代の若い世代には欠落しているように感じられました。スマホがあってSNSで自分が発信したい情報だけでのセルフプロデュースができる時代、結局自分の居心地の良い世界でだけ生きることを望むのは果たして本当に多様性のある社会といえるのでしょうか?
先生の案じられる新個保同楽主義について、先生は社会人になるとそうもいかないだろうから社会のメインの価値観にはならないで欲しいとおっしゃっていましたが、これだけスマホやSNS中心の生活で、職場も転職市場が活発で、嫌なら次も可能、という状況があるならば社会人になってもこの価値観ということもあり得るなぁ、と思ってしまいました。
ちなみに私はインスタも見る専ですし、SNSや自己紹介で「これが推しです」と語れるものもない人間なので、現役の大学生だったらずっと「よっ友」枠なんだろうなぁ、と少し切なかったです。対面で話すと相手に応じて色んな引き出しが開く感覚で、それが楽しいんですけどね。
あとは外国人観光客についての心境も興味深かったです。違う言葉、違う文化に目の前で出会った時面食らうのは当たり前のことだと思うのですが、そこに拒絶の感情が湧いてくるのは多様性の逆なのではないか?と。もちろん通行や生活の妨げとなったりオーバーツーリズムの問題は深刻ですが、それは社会システムの問題でもあるのではないでしょうか。そこを冷静に分析せずに感情でアンチに走ってしまうことは平和から離れるな、と感じました。
あとは、外国人観光客のマナーの悪さや問題行動は「日本が安い」ことも原因かな、とも思いました。国際的にみて、「安い」ということは言い方は悪いですが、感情として「下に見られる」ということにも繋がると思うのです。もし日本が高くて憧れの国だったら、観光に来た人も日本の文化をリスペクトして敬意を払うのでマナーもそんなに悪くならないはず。実際に私が学生時代、海外旅行先で出会った「日本に行ったことがある人」はリッチで日本に敬意を持ってくれていた人が多かった気がします。
今や日本は安く消費できる国になった。そんな現実が感じられることが若者のアンチの感情にもつながっているような気がします。
最後に、仕事派の父親か、家庭派の父親か論ですが、もうどちらかの時代じゃないですよ!
KさんやYさんが援護して下さいましたが、家庭での貢献度に関して仕事を頑張ってるは言い訳にはならないんです。だって女性は仕事も家庭も、を求められているんですから。もちろん夫婦間で協議の上でその分担割合がそれぞれにある場合は別です。ただ子どもから見ると距離の近い母親に「男は仕事、女は家」という価値観のみで負担が寄っていると感じられると「家庭を顧みない仕事派の父親はイケてない」という評価になるのではないのでしょうか。
「結婚して子どもを持つならお互いに当事者として家庭運営に責任を持つ」これ、私が夫にお願いしていることです。直接的な家事や育児が量としてできなくても、「俺は家や子どものことは一切やってないし知らない」と胸を張る昭和なお父さんにはならないで、と。
珍しく真面目に語りました笑
そろそろ家にたどり着けそうです。
第二部の懇親会、めちゃくちゃ楽しかったですし、やっぱり片桐塾は最高です!
この先も続けていけるとのこと、本当に嬉しいです。
疲れがとれない毎日で、電車の接続が悪い地域で2時間かけての参戦でも懲りずに参加し続けますね!!よろしくお願いします!
278.(タイトル) 片桐塾の御礼
By No.86 KS君
(2025.3.15)
今日はありがとうございました!
久々に社会的なディスカッション、本当に楽しかったです!
根っこは同じですが、集いとは若干空気感異なりますね。
次回は時間を間違えずに始めから参加しますので、よろしくお願いいたします。