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Part27
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<目次>
第1083号 「推し活」亡国論(2026.1.30)
第1082号 日本はもう経済成長はしない(2026.1.28)
第1081号 自己中心的な政治家ばかり(2026.1.22)
第1080号 素晴らしい青年(2026.1.12)
第1079号 親子だなあ(笑)(2026.1.6)
第1078号 過去最高の紅白歌合戦だった(2026.1.1)【追記(2026.1.4)】
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今日のNHKの「かんさい熱視線」で「推し活」が取り上げられていましたが、NHKらしくバランスを取ってマイナス面を紹介しつつも最終的にはプラス・イメージなるように番組は作られていましたが、私は「推し活」をこのままのさばらせるのは、日本社会にとって大きなマイナスになると思っています。もちろん節度を持ってファン行動をするのは何の問題もありません。むしろ、ほとんどの人はきっと誰かの――あるいは何かの――ファンだと思いますので、そういう好きなものがあること自体がいけないわけではないし、歴史を遡ってみたらどの時代の人々も何か好きなものがあり、そこにそれなりにエネルギーを費やしてきたと思います。しかし、社会が貧しかった時代は人々はとにかく一所懸命働かないと生きていくこともできず、ほんのわずかな空き時間とほんのわずかなお金を好きなもののために使うという程度にとどまらざるをえなかったのです。
それが日本では40年ほど前から、そんなに頑張って働かなくても生きて行けるようになり、余った時間とお金を好きなもののためにたっぷり使うという人たちが出て来はじめました。しかし、当初彼らは異様に好きなものに執着する「変わり者」=「おたく」として差別される状態にあり、多くの人はそう見られないように、節度を持って好きなものと付き合おうとせざるをえなかったのです。20年ほど前から「最近、おたくもカッコよくなった」といった言説が出始めたと思ったら、10年ほど前から「推し活」という言葉に変化し、決して「変わり者」行動ではなく、誰もが行っていい行動だとなってきたのです。特に、女性たち――若い人だけでなくかなりの高齢層まで――は、みんな「推し」がいるのが当たり前、いやいないと会話に入れないというような状況にまでなってきていて、こんなグッズを買った、あんな遠くまで遠征した、なんてことを自慢しあうようになってしまったのです。
そして、推しがいるから恋人は要らない。自由に「推し活」をするためには、結婚とか子を持つとかは制約になるからしたくない、要らない。仕事はお金を稼ぐために仕方なしにするけれど、私の生き甲斐は「推し活」にあるなんて、女子学生たちは堂々と言います。世も末だと、つい呟きたくなってしまいます。節度なき「推し活」は、人生をダメにするよと誰か言ってくれないかなと思います。高市早苗が「自分は本物の保守だ」と言うなら、「推し活は節度を持ってやってください。きちんと働くことに意義を見い出し、結婚して子どもを産む人生を歩んでください」と言うべきです。「推し活」が生き甲斐だなんていう人を増殖させている状態にブレーキをかけないと、「強く豊かな日本」など望むべくもありません。
あなたは「推し活」以外に何ができる人間ですかと、「推し活」が生き甲斐だと言っている人たちに問うてみたいです。「推し活」だけの人生に未来はないし、そんな人間だらけになった日本にも未来はないです。
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第1082号(2026.1.28)日本はもう経済成長はしない
衆議院選挙が公示され、各党、各議員が寒い中走り回っていることでしょう。今回の選挙ではほぼすべての政党が消費税減税や廃止を訴えています。消費税収入が入らなくなる分をどうするかと言えば、多くの政党が消費税廃止、積極財政で経済成長が進むから大丈夫だというようなことを言っていますが、私はもう日本は経済成長はしないと思っています。高市早苗総理などは、かつて日本は世界のトップだった。またそこに戻ろう。強い日本を作ろうと言っていますが、かつての日本を支えたもっとも大事な要素が今はないので、かつてのような世界に冠たる日本には絶対戻れないと思います。何が欠けているのか?それは、国民の頑張ろうという気持ちです。戦後の日本の高度経済成長を支えてきたのは、「働いて働いて働いて、豊かになりたい」という国民の気持ちでした。安易に楽な方に逃げずに、今は頑張る時だと思って男も女もそれぞれに求められる役割を必死でこなしてきました。戦争で焼け野原になった日本、戦場で空襲で原爆で死んでしまった多くの仲間たちや親・きょうだいのためにも、この日本をもう一度立て直すのだ、そのためには自分たちが仕事を頑張るんだと多くの人が思い、実際にそういう努力をしたから、あの奇跡と呼ばれる復興がなり、さらには世界に冠たる日本経済になれたのです。
今、あの頃のようにもう一度日本の経済をたくましいものにしようと、いくら政治家が叫んでも、誰ももうそんなに頑張って働きたいとは思っていません。仕事はブラックだから最低限度にして、自分の好きな世界に時間を使いたいと考えています。なんならNISAなどの株式投資で儲けて働かずに暮らせるならそれが一番いいと思っている人がたくさんいます。結婚もしなくていいし、子どももいなくていい、でも外国人には入ってきてほしくない。そんな国が成長するわけはありません。
高市人気があるし、小選挙区制度の恩恵も受けますから、自民党は過半数を取るでしょう。食料品の消費税0%も公約通り2年間限定でやるかもしれません。でも、経済は成長しませんよ。安倍内閣時代も安倍人気のおかげで選挙は自民党が勝ち続けましたが、あの2012年から2020年の7年9カ月ほどで経済はまったく成長しなかったことを思い出してください。異次元の金融緩和策を含むアベノミクスがなしたことと言えば、大企業の内部留保金を増やしただけでした。あの期間に、日本の経済がよくなったなんて思える国民はいないはずです。
もちろん、新政党・中道改革連合が政権を取ったってなにも変わりはしません。というか、まず取ることはないですが。日本は間違いなく衰退国家です。国民の意識がこのぬるま湯の中ですっかり楽な方に流れるようになってしまいました。日本も参戦せざるをえなくなる第3次世界戦争でも起こり、徴兵制度でも導入されれば意識が変わる可能性はありますが、日本が本格的に巻き込まれない限り、日本は関係ないよなあという緩い意識は変わらないでしょう。
アニメとゲームとアイドルとおもてなしの緩い日本の将来は、どう考えても経済成長など無理です。30年後どんな社会になっているのでしょうか。ちなみに、四半世紀前に同じような不安な気持ちを持ち書いたのが、「第37号 戦後史を学ぼう!(2001.1.12)」です。25年経って、より不安は増しています。あの頃は、頑張る意欲は薄れてきていましたが、まだ若い人たちは結婚や子を作ることには肯定的でしたので、まだましでした。今は、頑張る気持ちがないだけでなく、家庭を作る気持ちすら薄れている人が多くなっています。衰退国から消滅国にならないことを願うばかりです。
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トランプ、高市、吉村と見事なほどに、自己中心的な判断を下す政治家たちがメディアを賑わせています。
アメリカの利益というかトランプが勝手に考えるアメリカの利益のために、他国の大統領を逮捕し、他国の領土を奪い取ろうとしています。戦後秩序が、トランプという一人の大馬鹿もののために壊されつつあります。トランプに比べたら、プーチンも習近平もかわいいものです。あんな人間に権力を与えたアメリカ国民の責任は大きいです。せめて中間選挙で共和党を大敗させてほしいものです。
そして、そんなトランプに一言の嫌味すら言えない高市早苗総理は、次年度予算案作りをほっぽり出して解散総選挙に打って出ました。深く考えていない日本の有権者は、高市早苗支持の思いを込めて自民党を勝たせることでしょう。結果として、夫婦別姓も愛子天皇も遠のき、軍事費拡大、国際的緊張関係の増大に繋がるわけです。
どこの政党も消費税減税を訴えています。単純な有権者の票を獲得するためには、目の前にニンジンをぶら下げるのが一番いいと思っているわけです。しかし、消費税を下げても物価が下がるわけではないです。また、そもそも自民党が勝てば、結局消費税には手をつけないと思います。反対派がたくさんいますので。だいたい物価高が深刻だって言いますが、安倍の経済政策では物価上昇率2%を目指すと言っていたのをみんな忘れたのでしょうか。物価が上がらないと、給料も上がらないという関係になっているのですから、物価が上がることは一概に悪いことではないはずなのに、みんな1年前と比べて高くなったというような短期の視点でしかものを考えないので、物価高、物価高とそればかり言うのです。数十年後に振り返ったら、今の物価高のせいで給料も上がったし、株価も上がったんだと、みんな気づくでしょう。
そして吉村大阪府知事です。自分の任期中は大阪都は目指さないと言っていたのに、考えを変え。大阪都を目指すために三度住民投票を実施することを目的に、いったん辞職して再度府知事になろうとしています。この府知事選の費用は23億円ほどかかるそうです。大阪市長も同時にやめ、こちらも再選をめざすわけで、選挙実施費用は4億円ほどかかるそうです。さらに、2人とも間違いなく再選され、大阪都にすべきかどうかの住民投票をやりますので、ここでもまたお金がかかります。一体何回やったらあきらめるのでしょうか。それとも、可決されるまでこんなことを繰り返すのでしょうか。ありえない判断です。吉村洋文はなかなかよい政治家だと思っていましたが、この都構想で、私の中での彼の評価は地に落ちました。大阪都については、すでに幾度か書いているので、もう詳しくは書きませんが、都にする意味はほとんどないことは多くの人がわかっています。だからこそ、吉村知事もやらないと言っていたのです。しかし、今回自民党と連立する際に、副首都構想というのを認めさせたので、その副首都に大阪が選定されるためには、都になっていた方がいいということが、今回3度目の住民投票をめざす理由です。副首都構想って、大阪を東京に匹敵する大都市イメージを与えるということ以外にメリットはありません。大阪の大阪による大阪のための、自己中心的な構想です。
大阪都賛成派が過半数を超え「大阪都吹田市」と住所が変わるのも嫌ですが、反対派が過半数超えしたら、橋下、松井と同じように、吉村氏も政界引退をするのでしょうか。それはそれでまた大阪の政治が流動的になりそうで面倒です。大阪府知事と大阪市長を維新が確保していれば、かつて問題となったような二重行政の無駄はほとんどなくなるはずです。東京に匹敵する都市というイメージがほしいだけの――でも実際に大阪都になっても、日本のほとんどの人は大阪が東京に匹敵するとは思わないのですが――、無意味な大阪都は目指すべきものではないです。
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先週の理論社会学の授業で、最初の前説の時間を使って、年末の「つらつら通信」にも書いた「29歳、満州を描く」というミニドキュメンタリーを見てもらいました(参考:「第1076号 奇跡的な出会い」(2025.12.24))。感銘を受けた受講生が多かったようで、50名ほどがその日の授業の感想に、このドキュメンタリーについて書いてくれていました。一部紹介します。
・前説の映像で絵を描くという仕事に真剣に向き合ってとことんやりきるという姿勢がかっこよかった。ただ絵を描くだけなのに建物の歴史やどのような人が働いていたかなどを調べてその人たちへのリスペクトを込めて作品を完成させていく姿勢に感動して、自分も将来は誇りを持てる仕事をしたいなと考えさせられた。僕も祖父の家に行った際に昔はこうだったみたいな話を聞いて、流し聞きのように聞いていたが、今日の前説を聞いてどんな環境で育ってどんな社会だったのかなどを聞いてみたくなり、祖父という1人の人生を真剣に聞いてみたいなと思わされる前説だった。
・このドキュメンタリーは、29歳の画家が満州をリアルに描くことを目標に、家族のルーツをたどる姿を描いている。曽祖父が生きた旧満州を訪れ、取材を重ねながら80年前の服装や建物を調べ、オリジナルの地図や絵を制作した。彼は土地ではなく、そこで生きていた人を描くことを大切にしている。集大成として描かれたのが、終戦とともに閉業したコロンホテルであり、人々にとってどんな存在だったのかを表現しようとした。この作品を通して、過去は失われたものではなく、確かに生きていた人の歴史だと感じた。自分も先祖の歴史を学び、誇りを持てる仕事に就きたいと思った。
・今日の初めにみた映像で画家さんの思いがすごく強くて少し感動しました。前回の授業でも働くことはみんなが思っているほど悪いことではないと先生はおっしゃっていたと思うのですが、今日の動画を見てあれほど自分の仕事にプライドを持っている様子を見たら、先生のいうことは確かにそうだと思いました。
・講義の初めにドキュメンタリーの動画を見て、仕事の職人の技術を見てとても尊敬しました。今ではないホテルを80年間も埋もれていた資料を掘り起こしてまともな写真はないが、その写真をもとに当時そっくりのホテルを描くことはごく限られた人しかできないことだと感じました。一つ一つ窓の形や作りなど細かいところまでこだわって描いていくのを見て写真ではなく、絵でしか伝わらないこともたくさんあるのだと思いました。私も将来津絵さんのようにひとつのことに全うして自信を持って取り組める職業に就きたいと考えました。
そして、この約50人の感想を、ドキュメンタリーの主人公である津絵太陽氏に送ったところ、素晴らしい返信が届きました。受講生たちには読めるようにアップしたのですが、あまりにも素晴らしいと思ったので、もっと広く多くの人に知って欲しくて、ここにも掲載させてもらうことにします。以下が津絵氏からの返信の抜粋です。
学生さんたちのご感想をお送りいただきありがとうございました。片桐先生がご退官される年にこのような機会でご紹介いただけましたこと、大変光栄に思います。面識のない方々にご感想をいただけると、より率直な感想をいただけたようで、とても嬉しいです。絵で描くことで、伝えられることがあるのだと背中を押される気持ちです。新しいキャンバスに向かうモチベーションが高まると共に、背筋を正さなくてはと思いました。以下、最後のご講義で差し支えなければ皆様にお伝えください。
先日は拙作に関する番組をご覧いただきありがとうございました。片桐先生との出会いは突然でした。先生が記録に残すということを考えておられなければ有り得なかった出会いでした。おかげで私は、ホテルを建てた人物にたどり着くことができました。皆様の授業後のご感想を一部、拝見しました。温かいコメントの数々、ありがとうございました。絵であるからこそ伝えられるのではないかと思って制作してきたことが報われたような思いです。正直なところ、1枚の絵を仕上げるまでのプロセスはしんどいです。いつになったら画面の制作が始められるか、仕上がりのクオリティーはどうなるのか、これから先の制作がどうなるかもわかりません。それでも、何かを突き詰めてみた先には新しいものが見えるのではないかと信じて描いていくしかないと思っています。機会がございましたら、作品をご覧いただけましたら幸いです。
本当に津絵氏は素晴らしい青年です。29歳は今どきの若い人と言ってもよい年齢だと思いますし、かなり仕事も忙しいはずですが、こんなにきちんとした文章で思いをしっかりすばやく伝えてくれます。正直言って私は感動しています。ほんのわずかなきっかけで繋がった津絵氏との縁ですが、昨年の最大の収穫だった気がします。70歳を過ぎても、こんな素晴らしい青年との出会いを経験できるなんて、本当に幸せなことだと思います。「つながる」こと、「会う」こと、「思いを伝える」こと、「誇りを持てる仕事をする」ことの大切さを、このドキュメンタリーと津絵氏のメッセージから受け止めてくれる学生が、たくさん出て来てくれたらいいなと心から願っています。
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研究室の片付けをしていて30年以上開けていなかった箱を開けたら、そこには父が昭和27年からつけていた手書きの星取表が出てきました。実家を片付けた時に、すべて捨ててしまったと思っていましたが、捨てていなかったんですね。貴重な記録なので、その時捨てずに取っておこうと判断した自分を褒めてやりたいです。で、その星取表の中に、
父の相撲についての文章が見つかり、まるで「片の富士コラム」と同じようなことを父もやっていたんだなとおかしくなりました。まあ家庭で価値観・文化は作られ継承されますから、私が無意識に継承しているのでしょうが。短い文章なので「父の富士コラム」を紹介させてもらいます。あまりにも古い時代のことなので、ついてこられる人がいるかどうかわかりませんが(笑)
新しい太陽【昭和34年春場所後】
大鵬!その名に寄せる夢は大きい。納谷幸喜、二所一門の希望の大とりは、ついにはばたいて十両にはいった。わたし個人として、栃錦の去った後、おそらく同等にうちこむ力士は、この人であろうと思う。逸材である、という声は、すでに年余にわたる。今や、関取となったこの巨材が、どのような活躍を示すか、刮目して開幕を待つわたしなのだ。
昭和34年名古屋場所に寄せて――9日目を終えて――
名古屋場所もきょう9日目を終え、いよいよ終盤にはいる。朝汐休場は、一般にさびしさを与えたようだが、わたしにはちっとも苦にならない。こうしているうちに、朝汐は「忘れられた横綱」となるだろう。むりして作りあげた横綱なんか、相撲の名誉のためにも、応援する気になれない。
それに比べて、栃錦の偉大さはどうだ。もはやこれは単なる横綱ではない。常陸、双葉とも並び称すべき昭和後期の大横綱だ。何かこの人には、自らが生み出した神がある。グレートストーンフェイスのアーネストにも似た輝きがある。この場所から栃錦の活躍を引き去ったら何が残るというのだ。
若乃花初日の1敗は、あまりに高価な失策だった。しかし、それも、かれの性格からくる、異常な優越感がしからしめた――といわざるを得ない。若には、今一段の謙虚さがほしい。人格の上で、もう一歩の前進を求めたい。
親子でも違いを探せば、父の方が文学的ですね。私は、社会学的説明が日常になっているため比喩はあまり使わないで文章を書こうとしますが、父は比喩も使い、私より文学的な高尚な雰囲気の文章になっています。国語の教科書作りを専門にしてきた人です。国語の教科書には比喩をたくさん使った小説や詩がふんだんに載りますから、父にとっては比喩のある文章こそ日本人が学ぶべき文章だったのでしょう。
まあそういう文章に対するスタンスの違いはありますが、記録をつけるのが好きなところとかはしっかり引き継いでいます。歳を取るとともに似てくると言いますが、私はもうすでに父親が亡くなった歳(64歳)をはるかに超えてしまっていますので、どんどん似てくるとは言えないのかもしれませんが、自ずと似るところはたくさんあるようです。ああでもそうそう。私は栃錦より若乃花が好きで、大鵬より柏戸を応援していました(笑)
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第1078号(2026.1.1)過去最高の紅白歌合戦だった
昨日の紅白歌合戦は、過去一番良い音楽番組になっていたと思いました。私は、家にテレビがやってきた昭和34(1959)年以来、大晦日の紅白歌合戦を見なかったことはありません。紅白歌合戦を見て年越しそばを食べて、元旦はお節料理とお雑煮を食べるという習慣を欠かさず実践してきました。もはやそれをしないと年がちゃんと越せない気になっています。なので、毎年紅白歌合戦を見てきたのですが、そんなに素晴らしい番組だと思いながらは見ていませんでした。子どもの頃からつい最近までは、出演歌手が奇妙な応援合戦とかに駆り出されてやるパフォーマンスがくだらなかったり、無駄にお笑いタレントが出しゃばったりするパフォーマンスが馬鹿々々しいと思っていましたし、20年くらい前からは女性の視聴率を稼ぐためにジャニーズ系タレントをいっぱい出したり、ディズニーとのコラボとか子供騙しのようなパフォーマンスが多くなり、テレビをつけてはいるけれど、まじめに見る気は起きない番組にどんどんなっていくなと思っていました。
しかし、昨日の紅白は、私が辟易してきた要素が非常に少なくなり、しっかり歌を聞かせる番組になっていました。最初の1時間くらいは、まあ例年と変わらないかと思って流して見ていましたが、RADWINPSあたりから出てくる歌手が1曲だけでなくメドレーで複数曲を歌うことで、その歌手の魅力がしっかり伝わる構成になっていました。以前の紅白でやっていたと言われている視聴者の人気アンケートや、その年に売れた歌手やNHKへの貢献度といったしょうもない基準で歌手を選ぶのをやめたようで、今年売れたかどうかとかNHKへの貢献度とか関係なく本当に歌を聞いてみたいと思う歌手が次々に出てきました。通常なら、テレビ出演をあまりしなさそうな歌手がこんなに出演するのか、さすが国民的番組「紅白歌合戦」ゆえの魅力なんだろうなと思いました。今後も紅白歌合戦はこういう方針で行ってほしいものです。視聴率自体は、テレビ離れが進んでいるので大きく回復することはないと思いますが、いい番組だったという評価はきっと得られるはずです。
そうそう。あと、同じ年の郷ひろみがもうこれで紅白歌合戦を卒業すると宣言したのも印象的でした。「そうかあ、君もかあ」と感慨深かったです。でも、他方で、松任谷由実、高橋真梨子、矢沢永吉、布施明、堺正章など、私より年上の歌手の方々が魅力的なパフォーマンスを見せてくれていましたので、郷ひろみもまたいつか特別出演のような形で出てくることはあるのかもしれませんが。まあそれでも、70歳をひとつの区切りにしたいという郷ひろみの気持ちはよくわかるので、それも今回の紅白を私にとって印象的なものにしたかもしれません。
【追記(2026.1.4)】視聴率も昨年より良くなったみたいですね。やはり聞き応えがあったと思った人が多かったのでしょうね。演歌ではなくポップスやロックを歌うベテラン歌手が多かったのも主たるテレビ視聴世代の需要に合っており、かつ若い人にもそんなに古臭さを感じさせなかったのがよかったのだと思います。司会が下手だったという評価をネット上でたくさん見かけますし、確かに下手だったと思いますが、別に司会は目立たなくていいのです。内村光良とか大泉洋のように場を回す力がある人が司会をやっていると、妙に司会が目立ってしまうので、むしろ今回の3人のようにセッティングに思った以上に時間がかかっている時に無言になってしまうのも、司会の存在感が消えて音楽がメインの番組という感じが強くなり、私は全然気になりませんでした。まあでも今年かなり良い歌手を使ってしまったので、来年は同じようにやろうとしても今年ほどの水準の番組は作れないかもしれないなという気がします。
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